「思考停止」という病魔に冒されている
あなたが病気になったり、人生で行き詰まったり、何十年もの間、劣等感や被害者意識や承認欲求で苦しんで自分らしい人生を生きられていない理由は、いろいろあるけれど、それらを総括して一言で言ってしまうと、それは「思考停止状態」に陥って抜け出せないから…ということに尽きます。
「~として~でないとダメだ」
「○○のせいでこうなった」
「こういう両親のもとで育ったから私は~出来ない」
「絶対に~であるべきだ」…
人を縛りつけている思い込みや価値観、信念は、人の数だけあるでしょう。
思考停止とは、そのような固定的な信念や思い込みや価値観に縛られて脳の情報処理が停止している状態を指します。
何かバグのようなものが内部表現に鬱滞したりこびりついたりして、正常で健全な情報処理をさまたげ、エラーしか出力してこない状態です。
もっと一般的な表現で言うなら、「こだわり」とか「執着」とか「とらわれ」といったことでしょう。
どんなことであれ、それによって自分の内部表現が固定化されてしまっているのならそれは「執着」や「とらわれ」といったバグとなります。
そして、驚くことに大人である我々は、無数のバグを身体と精神に潜ませているのです。
比較的簡単に自覚ができるものもあれば、知らない間に埋め込まれてしまっていたり、奥深くにまで受け入れたがために意識にあげることが非常に難しいものもあります。
40年、50年、60年… そんな状態を続けていれば、時が経つほどに、もはやその「異常さ」に気づくことさえ困難となります。
そして、実際に執着によって自らの心身を滅ぼしながら人生を過ごして生きている人は沢山いるのです。
ですから、人生を書き換えたいと思うときには、自分の内部表現に目を向け、自分がどこで思考停止し、情報の処理にエラーが出ているのか注意深く観察していくしかありません。
2021年の年末、有志の方を募って「陰陽統合脳内活性化ワーク」なるものをやってみました。
それは、合計で150個もの情報を自分の頭で考え出して記述していくという、言うは易し行うはかなり難し なセルフワークですが、実際にやってみると、いかに自分が限られた一定の固定観念にとらわれているか、いかに普段頭を使って考えていないか、にまず愕然とさせられるのです。
脳がある程度健全に保たれている場合はなんとか150個の情報が出てきます。そして自分の「思考停止」がどこにあるのか、客観的に見えてきます。
一方で、長年一定の価値観や感情や、記憶などにとらわれて生きていると、最初のたった5~10個の情報からもう先に進まないという人もいるくらい、それほどに、人は固定化された思考パターンや反応パターンだけしか使って生きていないのです。
思考停止が、私たちの人生に「行き詰まり」を生み、思考停止が人を「病気」にさせます。
氣功の文脈で言えば、まさにこれが「氣」の滞りであり、循環し、反転し、消滅を繰り返すダイナミックな氣の流れの中に「在る」という「自然体」が冒されている状態なのです。
あきらめたらそこで終わり
自己変革の第一歩は自分に淡々と失望することです。
いかに自分が思考停止に陥り、いかに自分が執着のために自分自身を縛り、貶めているのか、それを正面から捉えることから始まります。
例えば、陰陽統合ワークのようなセルフワークをやってみて一歩も先に進まないからといって、私は出来ないですと再度とチャレンジすることを放棄したり、私には出来ないと決めつけてあきらめたりするのは、自分の人生のどこがうまくいってないのか、それを認識しようとしないからです。
どうせ自分は…
自分にはやっぱり無理だ…
私は普通の人より劣っているから…
私は普通の人とは違うから…
などというのは、ある種の「言い訳」で、自分の脳がいかに鈍化しているのかに正面から向き合うことを拒否している状態で、ここにもまさに思考停止が働いているのです。正面からというのは、客観的にということでもあります。
これは例えばの話で、別にこのワークを絶対やれなんてことは言っていないのですが、とにかく、自分や自分の人生にちゃんと失望しなければその先には進めないのだという、その感覚をつかんで欲しいと思います。
確かに、子供の柔軟な脳にくらべ、40年、50年、60年… と生きてきた我々が、おいそれと簡単に思考パターンを変えたり、習慣を変えたり、価値観を変えたりすることは出来ないかも知れません。
それでも、もうこの年だから… とか 今までもこうだったからこれからもきっとこのままに違いない… 出来ない… と反射的に考えてしまうのは、それこそがすでに「バグ」であり、情報処理の停止です。
そして、脳の仕組みを全くわかっていないし、無意識の力を全く活用できていません。
最後まで希望を捨てちゃいかん。
あきらめたら、そこで試合終了ですよ… (「スラムダンク」 安西先生の言葉)
という安西先生の名セリフは、至極月並みに聞こえますが、まさに正論であり、とても人の心を捉えます。
この言葉が、中学生だった三井寿のエフィカシーに火をつけ残り15秒1点ビハインドの逆境を覆す逆転優勝へと導き、そして、相次ぐ怪我でバスケというゴールを見失いかけた高校生の三井寿を再び奮起させます。
「バスケがしたい…」
怪我に継ぐ怪我でバスケットを志す道をあきらめようとしていた三井寿は、安西先生の前で自分の内にあふれかえる「want to」を吐露します。
そして、その後三井寿は湘南バスケ部に復帰してスター選手として活躍をしていきます。
これを単なる漫画の中の1シーンだと片付けるにはもったいないほど、このシーンは私たちにゴールの感触や無意識の創造性の臨場感を伝えていると私は思います。
安西先生は相手の潜在能力を引き出す、まさに名コーチと言わざるを得ません。
どうしたら出来るか
どうしたら手に入るのか
なんとかして達成したい
そういう意志、安西先生の言うところの「希望」を持ち続けている限り、脳は、そのための情報処理をつづけます。
そして、無意識は本当にクリエイティブに陰を陽に覆すことだってやってのけるのです。
意識では到底思いもつかない方法と能力で、無意識はちゃんとゴールを達成するのです。
安西先生は「あきらめたらそこで試合終了だよ」という言葉で三井寿の潜在的な力(=無意識の創造性)を引き出すことに成功しています。
安西先生の言葉によって引き出される、この無意識の創造的な力を新約聖書はこのように伝えます。
求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる (マタイ7:7~8)
そして、その無意識の創造性を引き出す原動力がまさに「ゴール」であり、あなたの「want to」です。
心に秘めた「want to」とふれあうことさえ、大人になりすぎている我々は忘れてしまっている可能性もあります。
だからこそ思考停止と言う病魔に蝕まれ、あきらめと妥協で人生終了となることをいとも簡単に受け入れるほど感性が鈍化しているのです。
ぼろぼろになった三井寿が安西先生に「バスケがしたいです…」と告白するシーンは、「want to」や「ゴール」へのおさえがたい憧れや衝動や情熱を思い出させてくれます。want toやゴールの臨場感を忘れてしまったという人にはオススメです。
(少なくとも、私はそうです笑)
精神と身体を整えれば希望が手に入る
安西先生の言う通り、大人の我々こそ、「希望」を捨ててはいけないのです。
理想を実現する力はあなたにはある。それを引き出す方法と知識を少しずつ手にするだけでいいのです。
そして1ミリの変化を受け入れ、1ミリの進歩を喜ぶことです。
不器用でも良いし、下手くそでも良いので、未来を思い描くのです。
あきらめないと言うことは、未来を観ようとすることをあきらめない、自分を見放さないと言うことです。
でも、我々はいとも簡単に自分を見放し、自分を見捨て、希望を持つことや未来を夢見ることを自分から取り上げてしまうのです。
「そんなのできない」「そんなの無理」と言って、そこで思考停止します。
私のクライアントさん達は非常に優秀で、小柄でチャーミングな60代の女性にして「私はサイヤ人になっちゃえるの!!」と軽やかに言い放ったり、
ゴールを模索しているうちに大好きなお料理に熱中することを自分に許し、自分の中にあった様々な「思考停止」を解除してあれよあれよといううちにwant toに目覚めていったり、
「軸を感じてボルテックスから地球の真ん中まで感じたときに龍神様が天高く昇っていくイメージが自然と見えてきた」なんてすごいことを氣功をはじめて数ヶ月でサラッと言えるくらいの整った感性を手に入れたり、
地道に自分と向き合って氣功やセルフヒーリングに取り組まれて、私がえーっ!!てなってしまうくらいの鮮やかな「変容」を、ごく自然に遂げて行かれるのです。
はじめは誰もが、希望を見失い、健康を損ね、自分を様々な制限の中で追い詰め、苦しめていた状態だったにもかかわらず…です。
それはみなさんが「あきらめずに求め続ければ与えられる」というごくごく当たり前の基本的な鉄板の法則を実践し続けたから。
もちろん、みんな楽に楽に変わっていったというわけではありません。
内部表現が書き換わる時には、ときに身体の不調として体験されたり、ものすごくネガティブになったり、行き詰まったように感じたりすることもありますし、それぞれに大変な環境や状況の中で、自己変革に取り組むのは簡単とは言えないと思います。
でも、それを凌駕するくらいの「意志」と素直さやひたむきさで、コツコツと小さな変化を積み重ねて、軽やかに変化していくのです。
このようなクライアントさん達の変化を支えたのは、ご本人達の「意志」と「氣功」および「セルフヒーリング」の実践があります。
氣功やセルフヒーリングを通して、自分を創り上げている情報と積極的にかかわり、向き合い、感性を育てていく過程で、少しずつ精神と肉体に生じていたバグが解消され、思考停止から解放されていくのです。
その結果、健全な情報処理が動き始めることで、自然とゴールが見え自然とwant toが起動しはじめるのです。
あとは、無意識に委せるということを失敗を重ねながら練習を積んでいくと、変化のスピードは、どんどん加速していきます。
気功師、ヒーラー、セラピスト
認知科学をベースとしたヒーリングと中国の伝統気功を用いて、病人を辞めて、本来の自分の生き方に立ち返り自己実現を目指す生き方を追求している。
本当になりたい自分を実現し生きることこそ、病気を治すことの唯一の道であり、どんな状況にあっても自分の価値を探求しながら人生を生きることが人の本当の幸せであることを信じて活動している。
「道タオ」に通じる気功的な生き方、すなわち、頑張らず無理せず、自然体であれば、自ずと自分が持っている本来の魅力や能力が発揮され、健康に豊かに幸せに生きられるはず。
人生のパフォーマンスを最高に高めていくための一つの道具として氣功を提案している。