三和氣功への道 気功技術について

氣功でシンプルに生きる~究極の「浄化」とは?

2022年1月15日

現代人は情報にまみれ過ぎている

昨今、現代人が一日で接する情報量は江戸時代の一年分、平安時代の一生分とも言われるように、デジタルテクノロジーとインターネットの普及によって、私たちは情報にまみれて生きることが当たり前の時代になりました。

その中で本当に自分にとって必要な情報、大切な情報、価値のある情報を見分けるのはとても難しく、結果的に、どうでも良い情報を取り込みすぎて私たちのCPUは重たくなりがちです。

本当に大切で必要な情報とはもちろん、自分の「ゴール」にとって機能的かどうかということであり、三和氣功では、ゴールにとって機能する情報以外はひとくくりで「邪氣」、つまり「情報的なゴミ」として扱っています。

情報のゴミにまみれることのデメリットは非常に多いですが、端的に言えば、自分自身あるいは自分のゴールを見失ってしまうことでしょう。

自分を見失い、目指すところが見えないので、どの情報も必要に思えてしまってあれもこれもと、自分に取り込んでしまう結果、混乱と停滞を招くわけです。

例えば、ある専門家はAだといい、あなたはそれをなるほどと思ってAを選択しますが、しばらくしてから別の専門家はAではなくBだと言っているのを耳にします。すると確かにBのほうが良いような気がして今度はBを選択します。

そんなことを繰り返していると、何が本当に自分に効果があるのかよくわからなくなって、選択し行動することが出来なくなってしまいます。

もちろんそれは情報的な話にとどまらず、我々が情報的に混乱をきたし停滞してしまう事はすなわち身体面でも様々な不調や疲労症候群などとして体験されるのです。

そして文字どおり、身動きがとれなくなってどこにも行けないという状態に陥ります。

 

「浄化」の大切さ

このような情報的に重たくなってしまうリスクが大きいからこそ、長期講座の中では私は「浄化」の重要性をよくお伝えするようにしていますし、氣功的な浄化の方法もお伝えしています。

浄化とは、邪氣を取り払うことであり、それによってアルゴリズムに不具合を起すバグを取り除き、停滞したり、エラーばかり繰り返す情報処理をスムーズにさせ、よりゴールにとって機能するように働きかけることです。

不要な情報=邪氣は、我々の情報処理そのものをさび付かせたり傷つけたりしてしまいます。

情報処理そのものに不具合があると、どんなに良い情報を取り込んでも意味がないのです。

そして、我々は誰しも、多かれ少なかれ、そのような「邪氣」、不要な情報に毒されています。

ゴミにまみれれば、光っていた宝石も輝きを失い、もはや宝石としての価値がわからなくなってしまうし、本来の輝きを発揮することも出来なくなってしまいます。

このようにして我々はいとも簡単に自分を見失い、自分のwant toとhave toの見分けがつかなくなり、ゴールを見失います。

ゴールを見失うと、人間の潜在的能力、生命力や自然治癒力を含め、無意識の創造的な力が発揮できなくなります。

あなたがもし疲れ切って、生きる希望を見失い、自分の生きる意味さえ見いだせなくなっているのだとしたら、情報のゴミに埋もれすぎている状態であるといえます。

その状態から抜けるためには「浄化」的なことをすれば良いのです。

別に最初からヒーリングや氣功にこだわらなくても、断捨離、温泉にはいる、大掃除、旅行、断食、お香をたく… 清めたり、デトックスできそうなものなら何でも良いです。

ただし、本当に深刻な場合には徹底的にやるつもりでやった方が良いでしょう。

 

究極の浄化は「平陰陽」である

氣功は使う人の抽象度によってその精度やインパクトに差が出ます。

つまり「浄化」という概念について深く洞察し、理解しているほど浄化の精度は上がるということです。

一般的には、浄化とはいらないものを捨て去ること、掃除すること。それによって、シンプルで軽くすることです。

シンプルで軽やかになれば、入っては出ていくという循環が機能的に功を奏して、物事はゴールに向かって動いていくし、新陳代謝も上がり生理機能もうまく働くようになります。

では、そのシンプルさや軽さをどこまでも追求していくとどうなるのかというと、それは「0」であり、「空」となります。

伝統的な氣功で使われる言葉でいえば、「平陰陽」です。

陰陽を「平」するということは、陰と陽をフラットにするということです。

これは具体的にはどういうことをいうのかと言うと、陰と陽、良いことも悪いことも等しく浄化せよという意味です。

浄化するという発想には、一般的には邪氣だけを取り除くという意味合いがあります。

つまり自分にとって不要なもの、好ましくないことを捨てるという発想です。

しかし、「平」という概念が示す状態は、これは不要でこれは必要、これは重要じゃなくてこれは重要、これは好ましくなくてこれは好ましいといった、 天秤の傾きを生じるような状態を脱している状態なのです。

具体的には、必要なものも不要なものも好ましいものも好ましくないものも、等しく「浄化」して手放せということです。

自分にまつわる一切の情報、ゴールをも一旦捨てて、清めるというのが、究極の浄化です。

なぜ一切の情報を捨てるのかといえば、「我」という意識は情報の寄せ集めであり、必ず人間は何らかの情報によって縛られるものだからです。

ゴールでさえも私たちを縛ります。

それがダメだと言うことではなく、人間とは情報によって創造をするものだから、より自由な創造者になりたければ、あらゆる情報から自由である方が良いだけです。

そのために、一切の情報を捨てる、まさに「平」、フラットになる、0になる、そして、その状態の時にこそ本当にふさわしいものが見える、もしくは生まれる、またそのような素地が生じるということです。

そうした状態にあってこそ、一切の迷いが消え、自然治癒力や生命力を含めた無意識の力が最も創造的に自然発動するのです。

浄化をする目的は、まず情報まみれの状態から脱し、自分にとって本当に大切なものを見分け、シンプルな生き方を選択していくことです。

そして、浄化の抽象度をどこまでも高めていくとあらゆる情報から自由になって、その時に最もふさわしいものを生み出す「平陰陽」にたどりつくのです。

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