コロナパンデミックで無力感や不安に支配されている人達が目を向けてみると良いこと

コロナウィルスの感染拡大は、中国から始まり、アジア地域から、今では欧米、アフリカにまで広がっていますね。一日一日と、世界的な経済の混乱が生活の中で目に見えてはっきりと感じられるほどですね。

季節が変われば自然と収束するだろうという期待もむなしく、オリンピックの開催如何についても議論が飛び交い、当初期待してほど、どうやらそんなに簡単な話ではなさそうだと誰もが感じていると思います。

学校をはじめ、図書館や美術館、博物館、その他の娯楽文化施設の閉鎖が長引けば、文化的な豊かさを享受することができなくなって、心理的な閉塞感や危機感、抑鬱感は高まるばかりですよね。

決定的な治療薬も、予防策もない中で、病気のお子さんや高齢者をご家族に持っていらっしゃる方、ご自身がご病気の方は特に毎日毎日不安になっていらっしゃることでしょう。

そうでなくても、常識的な判断を忘れて、トイレットペーパーやティッシュ、食料品の買い占めが起きてしまうほどに、私たちの集団的な心理はコロナウィルスによって混乱と恐怖に陥っています。

生活していても周りから聞こえてくるのは「これから世界はどうなるのだろうか」「いつになったらこの状況が終わるのだろうか」という悲観的な声ばかりです。

病気に感染するかしないかということは勿論、経済的な不安や活動や行動の制限がいつまで続くのか、そうしたことすべてが、多くの人達の「生きる」ということそのものを脅かし始めているように感じています。

そんな折、ある友人が世界的に多方面において広がっているコロナの騒動は、まるで「最後の審判」のようだと言ったのを聞いて、なるほどなと思ったのです。

最後の審判とはユダヤ教、イスラム教、キリスト教などが共有している世界観で、人間が天国行きか地獄行きかを裁かれる世界終末論ですが、私は個人的にキリスト教になじみがあるので、キリスト教の文脈で言えば、裁かれて永遠の命に預かる者と永遠に地獄に落ちる者とに分けられると言われています。

コロナ騒動によって、いつまで経っても出口の見えない混乱と不安に陥って抜け出せないでいる人もいれば、しっかりと自分のやるべきこと、選択すべきことを考えながら未来をみている人もいる。そのように私は感じていたので、「最後の審判」という言葉がしっくりきたのです。

黙示録に書かれている「最後の審判」は象徴的な物語なわけですが、何を象徴しているかといえば、「人としてどのように生きることを選択するのか」ということです。

コロナウィルスは、上気道のみではなく下気道でも感染することが出来て、軽症患者が圧倒的に多く、無症状で終わってしまうケースもありるので、感染者を完全には把握できないし抑え込むことが出来ないことが一番の難点ですよね。だから、どこに感染者が現れてもおかしくないわけなので、自分もいつどこで感染するかも分からないという心理的な恐怖というのがコロナウィルスによるパニックの要因の一つだと思います。

コロナウィルスは重症化しやすい高齢者を除けば決して致死率が高いわけではありませんが、感染と隣り合わせで生きることで、また、経済的な不安や、生活の質の低下を実際に体験することによって、人々は象徴的な意味で「死」という恐怖と向き合わざるを得なくなっていると言えるのではないでしょうか。

そして、実際にそれに打ちのめされている方も少なからずいらっしゃるというのが現状だと思います。

でも、このコロナウイルスによってものすごく影響を受けている、打ちのめされている、悲観的になって将来が暗く感じるという方ほど、考えてみて欲しいのです。

あなた自身の「生きる」ということの目的や意味を。これからどう生きていきたいかということを。

人間の様々不安や恐怖の根源には「死」があると言われています。死への恐怖というのは私たちの脳に潜在的にすり込まれている強いアルゴリズムです。

このアルゴリズムがあるおかげで、人間は本能的に「死」を避けて生き延びる能力を発揮できます。逆に言えば、「死」を強く意識するからこそ、「生命」とか「生きる」ことへの強い渇望を持つことが出来るわけですね。不安を感じたり、恐怖を感じたりすることは、私たちの生きるパワーの裏返しであるとも言えるのです。

これが、人間に限らず動物全般に働いている生命維持の一つの原理です。

でも人間は、動物と違って大脳が発達しています。大脳の働きによって、物理的な次元だけで生きる動物とは違って、情報空間にも生きている生き物でもあります。様々な言葉と概念によって物事をつくりだし、人生を紡ぎ出して生きていく生き物です。

だからこそ、私たちは物理的な「死」というものを超越することが出来るし、死を越えたところに生きる目的を見つけることができ、実際にそこに向かって生きる能力を持っています。

最後の審判とは、動物のように「死の恐怖」に対して盲目的に反応するだけで命を終えるのか、人としての能力を発揮して物理的な死を超越していくのかを選択しなさいということだと、私は解釈しています。

なので、もしこのコロナ騒動が「最後の審判」的な意味があるのだとしたら、社会や経済の仕組みそのものが機能しなくなって、差別や偏見、病気、孤独といった人間の闇が浮き彫りにされてきている、まさに今、私たちがどんな未来をみて生きるのか、それが皆に問われているし、生き方に対する集合的な価値観の変革の時期だと言えるのかも知れません。

いずれにせよ、たとえ恐怖や不安を感じても、今のこの状況から推測する先行きのことだけではなく、これから先に自分が本当はどうありたいか、何をしたいかを思い描けないと、私たちは本当に恐怖や不安に心も身体も負けてしまうでしょう。

崩壊の先には必ず再生があるので、慌てず焦らず、ゆったりと構えてこの機会だからこそ自分の生き方に目を向けてみるのも良いと思いませんか。

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