罪悪感を越えて、本来の自己へ還る
感謝と赦しの4つの扉 ― 過去と自分、そして世界との和解を通して、愛と調和を取り戻す旅 第2章
「どうして、あんなことをしてしまったのだろう」
「私は、誰かを傷つけてしまったのではないか」
そんな思いに心を締めつけられるとき、
そこにあるのは“罪悪感”という名の分離の記憶です。
氣功では、心の痛みもエネルギー(氣)の一部。
罪悪感とは、流れるはずの氣が自己否定によって滞っている状態。
それを癒すのが、赦しと自己受容です。
罪悪感は「切り離された自己」の記憶
罪悪感とは、
「私は間違っている」「あのときの自分は愛に反していた」
という感覚のこと。
しかし、その感覚の根底には、
“自分が全体(愛・神・自然)から切り離された”という無意識の体験が潜んでいます。
氣功で言えば、それは氣の流れが中心から外れた状態。
つまり「悪」ではなく、「流れが滞っているだけ」の現象なのです。
赦しとは「罪を消す」ことではなく「分離を統合する」こと
多くの人は「赦す=過去をなかったことにする」と思いがちですが、
赦しとは、善悪を超えて“在ること”を受け入れること。
陰と陽、明と暗──どちらも一つの生命の働き。
氣功では、相反するものが交わるところに「中庸(ちゅうよう)」が生まれるといいます。
「私は、このままで完全だった」
そう気づいたとき、
否定してきた自分の断片が、光の中に溶けていきます。
それが、魂の統合です。
罪悪感を超える氣功的プロセス
氣功では、「感じる」「受け入れる」「還す」という3つの流れを重んじます。
1️⃣ 感じる ― 感情を否定せず、エネルギーとして認識する。
2️⃣ 受け入れる ― 「これも私の一部だった」と抱きしめる。
3️⃣ 還す ― 呼吸とともに丹田へと降ろし、静けさの中に溶かす。
この循環の中で、心身の氣が再び調和を取り戻します。
罪悪感は“悪”ではなく、
統合を促すために現れた導きのサインなのです。
自己受容は、魂の目覚め
自分を赦すという行為は、自己中心ではありません。
それは、すべての存在を同時に赦すことでもあります。
なぜなら、私たちは皆、同じ生命の氣を分かち合っているから。
自分への赦しが深まるほど、他者や世界への慈しみが自然に広がっていきます。
赦しとは、愛に還ること。
自己受容とは、魂が本来の光を思い出すこと。
それが、“本当の自分”へ還る氣功的プロセスです。
静けさの中で、ひとつに還る
静けさの中で「もう自分を責めなくていい」と感じるとき、
心の奥で、氣が静かに流れ始めます。
「私は、すべてを体験するためにここにいた」
その理解が訪れた瞬間、
魂は分離を越えて“ひとつ”へと還ります。
それが、赦しの本質であり、自己受容の果てに訪れる内なる自由なのです。
馬明香(ま あすか)
氣功師、ヒーラー、セラピスト
認知科学をベースとしたヒーリングと中国の伝統気功を用いて、病人を辞めて、本来の自分の生き方に立ち返り自己実現を目指す生き方を追求している。
本当になりたい自分を実現し生きることこそ、病気を治すことの唯一の道であり、どんな状況にあっても自分の価値を探求しながら人生を生きることが人の本当の幸せであることを信じて活動している。
「道タオ」に通じる気功的な生き方、すなわち、頑張らず無理せず、自然体であれば、自ずと自分が持っている本来の魅力や能力が発揮され、健康に豊かに幸せに生きられるはず。
人生のパフォーマンスを最高に高めていくための一つの道具として氣功を提案している。