幸せも絶望も超えて

生きていると、気分がどん底に突き落とされることも、
逆に超ハッピーになれることもありますね。

それは波のように、ランダムに起こっては消えていくものです。

でも、私たちはどうしても苦しい情動を避け、
楽しい情動ばかりを求めようとします。

毎日超ハッピー!で生きることを追求したりすることには
あまり意味が無いと私は思います。

そもそも、毎日がハッピーであったら、
本当にハッピーって感じるでしょうか?
毎日がハッピーでいなければいけないということは、
裏を返せば毎日がどん底ですという意味ではないでしょうか。

毎日が安穏で、ルンルン気分で過ごすことは
自分の無力さや絶望に蓋をして生きるようなものではないでしょうか。

そして、同時に自分の持つ力や
可能性にも蓋をして生きるようなことと
変わりが無いように感じます。

私たちは落ち込んだり、絶望したり、
不安に駆られたり、恐怖におののいたり、
悲しみにうちひしがれたりする生き物です。
同様に、
喜びに身体が震えたり、ルンルン気分になることもできます。
最高の気分に浸ることも出来ます。

それは人間が、物理的、生物学的に存在しているだけではなく、
情報空間に生きているからです。

私たちが感じる、プラス、マイナスのすべての情動は、
私たちの人生を彩り味わい深いものにしてくれます。

絶望や希望や喜びや苦しみや憎しみや愛が一切ない人生など
生きている意味がありますか?おもしろいでしょうか?

そうした情動の動かないドラマなど、
演じるにも、鑑賞するにも値しないのです。

人生を歩むとき、情動は必ず湧いて出来ます。
それを避けたり、一方向のものだけを求めたりするのではなく、
人生を豊かにするスパイスだと捉えることが大切です。

すべては火によって塩気をつけられるのです。
塩はききめのあるものです。しかし、もし塩に塩気がなくなったら、
何によって塩気を取り戻せましょう。
あなた方は自分自身のうちに塩気を保ちなさい。
そして互いに和合して暮らしなさい(マルコ9:49~50)

私たちはスパイスである情動に
こだわりすぎてはいけないし、
振り回される必要は無いのです。

情動をスパイスだと知らないから
私たちたちは、スパイスが味わいを深めている料理そのものを
観ることも味わうことも出来なくなります。

ゴールを求めて生きる人生を歩くとき、
情動から一歩距離を置いて観るということはとても大切です。

例えばこのクライアントさんの感覚は
それにとても近いのではないかなと思います。

40代女性 東京都在住

幸せ感というこころの充足ではない、どちらかというと空っぽの色のない感じで、
ものごとの反応に雑味がない一日でした。

情動の波から距離を置いてみると、
荒れ狂ったり、揺らいだりしているのは
水面だけであって、海の底はとても静かなのです。

それは幸せに満たされるということとはまた違った
静寂な世界です。

この静寂の世界の中に自分の道は見つかります。

ゴールに向かって進んでいくことは、
非常に淡々としているものです。

自分の人生を歩くことは、ただただ淡々と冷静に
一歩を歩く事の繰り返しなのです。

生きる目的だけを見据えて
一歩一歩を淡々と踏みしめて歩くとき、
悲しみも喜びも、絶望も、すべて人生の糧として味わうことが出来ます。

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