変わらないことを選ばされている
「今までいろいろやってきたけれど、結局私は変われなかった」と思い込んでいる人は多いと思います。
どんなに頑張っても変われないというパターンを繰り返す人は少なくありません。
私が変わるのは容易ではない。
どうせまた変われない。
そう認識しているかもしれません。
でもそれは間違いで、変われないのではなく変わらないことを自分で選択し続けてきたのです。
変われないようにコントロールされているということに気付いていない、これがあなたの問題の本質です。
私たちは社会の奴隷である。
そこから覚めるかどうかが、あなたが変われるか変われないかについて今、とても重要なことなのです。
これまでの時代には、努力したら社会がお金や名誉や、地位などと言った形でそれなりに報酬を与えてくれました。
私たちは努力して生きればそこそこ満足する形で自由を手にすることが出来ました。
でも決して社会のシステムの奴隷的なポジションから抜け出せないようになっていました。
私たちが手にしていたのは条件づけられた成功であり、幸せであり、豊かさであり、自由です。
こうでなければ認められないという様々な条件のもとに保証された成功、幸せ、豊かさ、自由。
それを私たちは「自分らしさ」と錯覚してきたのです。
人は変わることが出来ます。
自分の考え方や信念を変えれば行動が変わり現実が変わるからです。
そうしたことはもはや常識となりつつあります。
あなたも、これまで多くの時間とお金と労力をかけてそのことを学びそして少なからず試みてきたことがあるでしょう。
でも変われなかったのはなぜでしょうか。
それは自分の外の世界にしかあなたが関心を向けないからです。
たとえば社会の中における自分の立ち位置や評価はあなたにとって重要です。
また社会が認めた枠のなかにちゃんと収まっているのか、受け入れられるのか、社会に求められていることを全うしちゃんと生きていけるのかという恐れが常にあなたの心を覆っています。
だからあなたは自分の内なる声より、外側の世界で何が起きているかにエネルギーを注がざるを得ないのです。
社会が、自分の内は重要ではなく、外側にだけ強く関心を向けることが重要だと思わせるような仕組みになっているのです。
外の世界に基準を合わせることこそが最も重要なことであると深く深くあなたが思い込まされているのです。
外側の世界にどう思われるか、外側の世界からどう評価されるか、外側の世界にどう受け入れてもらうか、それこそが私たちの幸せや成功や自由や豊かさを保証するものだと、あなたは信じすぎていませんか?
あなたが自分の内側に持っている価値基準や理想自体が、世界に刷り込まれたものであることにあなた自身がとても無自覚なのです。
世界がドリームキラーとなる
重要なことは、いまだこの世界は人類が真に変容しようとすることを恐れているから、あなたが変容することに対して大きな抵抗をしてくるということです。
あなたが自分の内側にある平和ではなく、外側の世界に基準を合わせて生きているほどあなたは恐怖に支配され、
世界そのものが、その世界の集合意識的な恐れが、あなたのドリームキラーとなってあなたを押しつぶそうとするでしょう。
だからあなたがこれまでの取り組みの中で自分の内に起きたわずかな変容や、内側で見つけたかすかな光やわずかに感じた愛やぬくもりから目をそらし
自分の外側の環境や状況に目を向けた途端に、過去の自分がずっと縛られ続けてきた~あるべきだ、~でなければならない、さもなければこの世界では生きてはいけないという、植え付けられた恐れによって再びもといた場所に容易に戻ってしまうことでしょう。
そしてそれは世界の仕掛けた恐怖の罠にはまっているということでもあります。
恐れほど容易に人を操作できるツールはないからです。
恐れは人から知性を奪い、動物的にします。
恐れによって支配された人は自動的は反応を返すだけの家畜や奴隷に成り下がってしまうのです。
恐れを紛らわすため、安全の保証のため、人々は社会の言いなりになるし、それによって貨幣経済は利益を生み出すことでしょう。
だから恐れと決別をしない限り、私たちは古い世界からシフトすることはできず、ますます恐れに支配される世界に囚われる奴隷となっていくと言ってもいいでしょう。
この世界は恐怖によって何重にも私たちを捉え、離さないような仕組みになっているのです。
恐怖は世代を超えて延々と受け継がれ、家族や会社などのコミュニティに連鎖し、恐怖に囚われれば囚われるほど、そこから抜け出せないようになっています。
変容を起こす人と起こさない人の違いは?
愛ではなく、ぬくもりや一体感ではなく、恐怖の方が重要だと私たちはまだまだ思い込んでいて、愛や一体感、安心感を軽んじ、信じられずにいます。
この古い世界に囚われていればいるほど、愛や調和といった感覚や、そこから生まれる真の自由は、今を生き延びるには取るに足らないと感じてしまうでしょう。
本心ではそれを望みながらも、今目の前に起きている不都合な現実を何とかするためにはそんな甘いことにかまけていてはいけないと、あなたは再び自分に対して半ば自動的に鞭を打つに違いありません。
もうお分かりのように、変容を起こすために必要なことは恐怖に焦点を合わせないことが大切です。
変容を起こす人は、自分が恐怖に支配されていたことに気付き自分の内側にある愛や調和した感覚に焦点を合わせ続けていく人です。
もちろん私たちをずっと支配し続けてきた恐れを簡単に手放すことはできません。
でも気づいては手放し、愛や調和に焦点を合わせることを繰り返していくうちにいつか必ず恐れの支配を脱する時がやってきます。
- 変えようとするのではなくありのままを受け入れること。
- 自分に鞭を打つのではなく、自分に優しくすること。
- 誰かをジャッジし、決めつけるのではなく、ありのままを認めること。
- 心配ではなく信頼すること。
- 必死さを捨て楽しむこと。
- 握りしめるのではなく手放すこと。
- 拒絶ではなく開くこと。
- 奪うのではなく与えること。
- 抵抗する必要も守る必要もないということ。
- 喜ぶこと。
- ありのままを許すこと。
- コントロールする必要はないということ。
- 受け取ること。
あなたも、これまでいろんなことを学び実践してきた中で、わずかでもこのような感覚を得たり、理解したりしたことは誰だってあるのではないでしょうか?
何も変わらないという体験をしている人は、自分の内にある愛や平和な穏やかな感覚に無関心です。
その理由は「恐れ」がモチベーションになっているからであることはすでに述べました。
そうしたことは目の前にある悩ましい出来事にこれっぽっちも役に立たないと思ってしまうからです。
恐れに囚われている時私たちのフォーカスは常に不足に固定されるので、得られたことや変わったことではなく、変わらなかったことに向けられています。
与えてもらったことではなく奪われたこと、喜びや安心ではなく心配なことに目を向けています。
悩まず恐れなくなったらもっと大変な事態になるのではないかという恐れがあるからです。
そのために、経験のすべてを受け取ることが出来ません。
受け取ることが出来ないので関わる相手に本当の意味での感謝という愛を与えることもできません。
また、頑張らないと結果が手に入らないと思い込まされてきたので、すべてを手放し受け入れることは、あきらめることだと思っています。
なので何もしないことを自動的に恐れてしまいます。
でも実際には何もしないことが創造性を発揮するカギとなります。
何もしないことや受け入れることは、あきらめることとは全く別の質のものです。
何もしないことや受け入れることは肯定であり、愛に基づくものですが、あきらめることは分離感から来る否定や拒絶です。
変容とは?
それでも時代は新しく目覚めようとしています。
集合意識的に変容を望んでいるので今まで私たちがスコトーマに隠していた「真理」を今私たちは目にし、理解できるようになっています。
一瞬一瞬、私たちは新しい未来を選ぶことが出来る。
これは私たちに平等に与えられているオプションです。
変容を起こすのは実は簡単です。
なぜなら変容とは周波数の変化だからです。
抽象度の高い情報場に移動すればいいだけです。
そしてそこにとどまるように意識して取り組めばいいのです。
起きている物事はあなたが変えようとしなくても変わります。
なぜなら、すべては自分の周波数、自分が照準を合わせている抽象度のレベルに合わせて物事が起きているだけだからです。
変えようとすればするほど、あなたが感じている恐れの周波数の中にとどまるしかなくなります。
氣功的な観点で言えば、あなたがどこに向けて氣を放っているか、あなたがどのような氣を発しているかであなたが体験する世界が作られていくということです。
恐れに意識を向けていたら恐れの世界が現れるだけの話です。すべて氣のせいなのです。
このことは、講座の中で繰り返し出てくるはずなのですが、なかなか腑に落としてもらえないようです。
講座やプログラムの中で学び取り組むことは自分の周波数を上げること、氣を高めるためであると理解していただければよいです。
変わりたいのなら、外側の現実を変えようとすることに必死にならずに、自分の内側に目を向け、恐怖の周波数ではなく愛の周波数に自分を合わせることを練習し、それを維持していくことに意識的になればいいだけなのです。
氣功師・ヒーラー
中国の伝統氣功と認知科学の知見をもとに、無理をせず、自然な流れに還るための氣功とヒーリングを伝えている。三和氣功が大切にしているのは、何かを変えたり、足したりすることではなく、本来の自分に還ること。
頑張ることを手放し、ありのままの状態に戻ったとき、
人はもともと備わっている力や調和を自然と思い出していく。
氣功を人生を操作するための方法ではなく、自然体で生きるための智慧として提案している。
