世の中のすべての氣功やヒーリングを包括する視点を持つ
世の中には数え切れない程の氣功やヒーリングがあります。
三和氣功ではそのすべてを包括したところで氣功を実践しています。
すなわち「共感覚による内部表現の書き換え」という定義に従って氣功を捉えています。
世の中のあらゆるひーリングや氣功は、抽象度を上げればすべて「共感覚による内部表現の書き換え」の技法です。
それぞれの氣功やヒーリングには、それぞれの世界観があり、ルールや価値基準があり、場合によっては禁忌すらあり、階層やレベルがあり、その中でこそヒーリングが機能するようになっています。
ですから、それぞれのヒーリングの枠の中でヒーリングを扱っていると、その枠の制限の内側でしかヒーリングを機能させることが出来ませんし、その枠の外には出られません。
三和氣功は、認知科学的に氣功を定義した「共感覚による内部表現の書き換え」として氣功を捉えているので、特定の世界観や価値観やルールはありません。
共感覚を使って内部表現を書き換えるのであれば、何でも良いですというのが三和氣功の立場です。
よって、過去にどんなヒーリングを学んでこようが使える物は使って良いし、共感覚による内部表現の書き換えとして氣功やヒーリングを捉えていく以上は、過去に学んだヒーリングの世界観やルールに縛られる必要はなく、むしろその枠を外しその外へ出た方がいいと指導します。
ある一つの世界観やルールの中にいる限りは、結局はその世界観が制限となり、限界となり、それ以上の世界を観ることができなくなる、それ以上の自分の力を引き出せなくなるからです。
学んだことはツールとして役立てよ
様々なヒーリングメソッドをいろいろ学びすぎるのはデメリットになるのかといえばそうではありません。
むしろ様々な技術や知識、世界観や価値観、経験は力となります。
先にも書いたように、身につけたヒーリング技法は「内部表現書き換え」の一つのツールとしてそれらを活用して行けば良いのです。
ゴールの方向へ内部表現を書き換えるために使える物は使おう、これが三和氣功の立場です。
でも身につけたヒーリングを今後も道具として活用して行くためには「共感覚による内部表現の書き換え」の意味をしっかり理解する必要があります。
持っている知識や技術を使いこなすだけの抽象度が必要なだけです。
ヒーリングをいろいろ学びすぎてわけがわからなくなってしまった、とか、いろいろやり過ぎてエネルギー的に重たくなった気がするなどとおっしゃる人もいらっしゃいますが、それはそれぞれのヒーリングのそれぞれの世界観とルールの中にとらわれすぎて混乱してしまっているからです。
だから、一つ上の抽象度が必要になります。
そもそも違うヒーリングのメソッドを頭の中で一緒くたにして考えようとするのは間違いです。
例えば、氣功の丹田とヨガのチャクラは、似てはいるものの、同じものではありません。
氣功の世界観とヨガの世界観が別物だからです。
氣功はヨガの流れをおそらくくんではいるものの、発展してきた文化、宗教、哲学などの背景は違います。
そこをイコールで捉えるような事をしていくと混乱が生じます。
自由で無限
いかなる世界観やルールにも縛られない三和氣功のヒーリングの方法は至ってシンプルです。
臨場感と確信さえあれば良い。
それはもう驚くほど自由で、決まったやり方というものはないと言ってもいいでしょう。
でもだからこそ、それを使う人の知性、身体性、抽象度といった要素がヒーリングスキルの善し悪しに大きく影響します。
特定のヒーリングメソッドでは、それを作った人の抽象度がある意味そのメソッドの限界となりますが、三和氣功の考え方ではあなたの抽象度があなたのヒーリングの限界であると言うことになります。
その代わり、特定の世界観やルールという制限を設けていないので、自分次第で自由にヒーリングが出来るし、無限にヒーリング能力を高めていけます。
氣功とは意識の使い方の技術なので、氣功によるヒーリングスキルのレベルを上げていくということは意識の使い方が洗練されていくということでもあり、同時に自分自身が自由になり、また自分の可能性が無限であることも実感していけるでしょう。
そのようにして自分が一つ成長し、自由になればなるほど、ヒーリング能力も洗練され、相手の内部表現を書き換える力も高まっていきます。
氣功師・ヒーラー
頑張ることを手放し、ありのままの状態に戻ったとき、
人はもともと備わっている力や調和を自然と思い出していく。
氣功を人生を操作するための方法ではなく、自然体で生きるための智慧として提案している。