ヒーラーの日常(わたくし事)

氣功師が語るピエタ~あなたの行くその「道」は尊い

2021年11月13日

ゴルゴダの丘に続く道を十字架を背負って一歩一歩辛すぎる死へ進む彼を最も耐えがたい思いで観ていたのは彼の母親だったでしょう。

彼女の息子は異端児で、当時の権力者にとっては危険人物でした。

彼に熱狂し心酔する者も多かったですが、悪し様に言う人もやはり多かったでしょう。

彼は、彼の心の声に従って彼の魂が求める道を迷いなく歩き通した人ですが、その道は危険きわまりないものだったはずです。

それでも彼は臆することなく、恐れを越えて、彼にしか進むことのできない道を進み続けました。

その最終地がたとえゴルゴダの丘の十字架であることを予見しても、それでもなお自分の道を行くしかない。

その使命に目覚めてしまったら他に選択肢はなくなるのです。

ゴールとは、そういうものです。

彼は、そのために親しい人や愛する人を越えていきました。

大切な人を捨てたのではなく、大切な人たちの想いを背負いながら、自分の弱さを抱えながら行ったのです。

普通の母親なら、そんな息子を必死で止めたことでしょう。

名声を集める一方で、どんどん危険視されていく息子をどんなことをしてでも引き留めるのが、それが息子のためだと普通の母親は考えるでしょう。

息子を心配するあまり取り乱したり、息子のやること否定して、道を阻むことでしょう。

或いは為政者側になんとか取り入って見逃してもらうように働きかけるかも知れません。

けれど、彼の母親はいつも彼をただ観ているだけでした。

茨の道を行く息子をいつも後ろから何も言わずに観ていたのです。

彼女は、人間に委ねられている完全な自由を理解していました。人間が生きることの意味を知っていたのです。

だから、彼女は母親としての自分や、母と息子の関係から自由でした。

また自分に与えられた自由も、生きる目的も理解していました。

どんなにか、深い洞察に富んだ強い女性だっただろうと思います。

彼女の息子が、罵声を浴び、むち打たれ傷だらけ、血まみれなりながらもゴルゴダの丘へと歩みをすすめるその時にも、彼女はやはり静かに観ているのです。

彼を誰よりも深く愛して強く信じているからこそ、じっと観ているのです。

駆け寄って、彼の代わりに赦しを求めたり、命を救ってくれと懇願するようなこともなかった。

なんという信頼の深さ、愛の深さかと思います。

息子が息絶えた後、やっと母である彼女は息子の遺体を抱きかかえて死を悼みます。

その時でさえ、彼女はおそらく静かであったでしょう。

深い悲しみ、怒り、恨み、無念、罪悪感… 一人の母親としてはきっと様々な情動がわき上がったことでしょう。

(ミケランジェロ サン・ピエトロのピエタ)

その自らの情動の炎が心の中で燃えさかり情動の大波が自分の身体を揺さぶる時でさえ、彼女はきっとただそれを観ていたでしょう。

人の道は孤独です。誰しもそれぞれの道を求めて行くのです。

それが、人がこの世に生きるということだから。

人は自由です。

そして誰の意志にも力があり、その意志をもって進む道は尊い。

彼女は最も深く賢くそのことを理解してたからこそ、ゴルゴダの丘へ続く道を行く息子に信頼を向け、息絶えた息子に祝福のまなざしを送ることができたのです。

この類いまれなる母親の力で、時代を超え場所を越え、多くの人を救い、癒し、希望を与え、導くという息子のゴールは達成されたのです。

そして自らの息子を祝福し続けたその力で、この母親も時代を超え場所を越えて今もなお多くの人を見守り祝福するというゴールを達成し続けています。

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