気は「情報」
気とはなにかということを理解しようと思ったら、最低でも気は物理的な何かではないことは言うまでもありません。
気は物理的な刺激を引き起こす物理的なものではないのです。
認知科学を採用することで、気功は「内部表現の書き換え」の技術の一つであることが明確になりました。
この観点から言えば気は「情報」であるということになります。
そもそもがこの物理的な次元における現実の本質は情報であることを最新の科学は証明してきたのですから、気もまた情報であるのは当然です。
情報(概念)として認識するあらゆる情報が先にあって、物理世界が作られているのです。
その意味で、私たちが何を認識するのか、何をリアルだと思うのかによってそれぞれの生きる世界が変わってしまいます。
合意された世界を共有しているものの、人はそれぞれ違う現実を創造しているのです。
そしてそれは、気のことを理解し、気功を習得するにあたり必要最低限の認識です。
ここを腑に落とせないままでは独学してもすぐに限界がきて先には進めません。
世界は情報で出来ているということをどのレベルで理解するかが気功習得に大きく影響します。
気の本質とは?
認知科学における「現実は情報で出来ていて、それはその個人の内部表現そのものである」という解釈は、気功の世界観に翻訳すると「この世界は気で出来ている」ということになります。
私は鍼灸の学校で気の世界観がベースとなっている中医学について学びましたが、そこで最初に教えてもらうことは「気」が万物を作っているという、気の哲学でした。
気がこの世界を作っているということを正しく理解することが、気功を習得するには大変重要なことなのです。
気の世界観では、例えば病気も健康もその人の「気」の在り方が作り出します。
その人の遺伝子情報やホルモン、自律神経の働きも、あらゆる生理機能も代謝活動も、すべて気の働きであり、その人の感情も、思考も、精神活動のすべてが気の働きによって生じます。
この理解を深めるために、認知科学や脳科学、量子物理学がとても役に立ちます。
すべて、気次第でその人の身体的および精神的な在り方が決まり、そしてこの世界さえ個人レベルを越えた気の在り方で成り立っています。
そう、気功を実際に学んで関わっていくと「すべて気のせい」ということが少しずつ身体レベルでわかってきます。
そして気とは単なる情報(概念)ではないことも理解ができます。
気とは、方向性を持つエネルギー、創造エネルギーそのものなのです。
気の本質とは「意図」です。
「意図」、これが気の本質です。
意図によってこの世界は創造されて、意図によって動き、意図とともに変化し続けるのです。
意図を洗練する
気功を習得してその技を磨くということは意図を洗練していくということです。
いかにシンプルに意図を持つか。
これが気を操り現実を書き換え、人生を創造するために必要なことです。
伝統的な中国の気功老師たちは気のことを「意念」と説明しますが、それは意図のことです。
その意図とは、実は「本源」と言われる、自己の本質から生じています。
本源とはこの世界が生まれるからある創造の源ですが、そこからこの世界を創造する「意図」が生まれています。
その本源と一体となることを探求していくことが古来より気を修練する究極の目的です。
本源から生まれる気の流れと一つとなった純粋な意図が私たちの人生を無限の可能性に開いていきます。
この創造の本源や意図に関する知識は、今のところタオワークというセミナー内で詳しく解説しています。
気功を習得するなら、意図を洗練し、意図のエネルギーをいかに活用するかということに留意しなければならないということです。
様々な要因によって、私たちの純粋な意図は、ゆがめられたり、抑圧されたりしています。
この状態でいると、不健康になるし、物事もうまく流れなくなります。
また気の術者がこの状態のままでいると当然ですが、気功はうまくいきませんし、むしろ毒になる可能性だってあるでしょう。
気の本質は意図である、これは知識として覚えるだけでは不十分です。
意図を洗練していくためには、どうしても身体的感覚的な側面からの理解が必要となります。
そのために気功を実践していきます。
実践と知識の統合の上に、気功の習得は成立することを覚えておきましょう。
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氣功師・ヒーラー
頑張ることを手放し、ありのままの状態に戻ったとき、
人はもともと備わっている力や調和を自然と思い出していく。
氣功を人生を操作するための方法ではなく、自然体で生きるための智慧として提案している。

