―― 拉気という入口と、その先にある静まり ――
氣功を独学で続けてきた人の中には、
こんな感覚を持っている方が少なくありません。
- 動画や本で一通りはやってきた
- 理論も理解できる
- 気の感覚も、うっすら分かる
- でも、どこか手応えが浅い
- 「これでいいのか?」という感じが残る
それは、あなたの感覚が鈍いからでも、
努力が足りないからでもありません。
むしろ、
自分の身体で確かめようとしてきた人ほど、
一度は通る地点です。
この記事では、
氣功を独学してきた人が
「気を感じる」という感覚を
もう一度、身体で確かめ直すための
とても基本的な入口を紹介します。
それが、
拉気(らき)と呼ばれる、伝統的な気功です。
拉気とは何か ― 氣功師の「手」を育てる練習
三和氣功では、
初学者の方に最初にお伝えすることが多いのが
この拉気です。
やり方はとてもシンプル。
手のひらと手のひらを向かい合わせ、
その間の空間に
「何かがある」と感じる練習をします。
この練習の目的は、
特別な力を手に入れることではありません。
「気を感じる」という回路を、
身体に思い出させること。
いわば、
氣功師の「手」を育てるための
最初の下地づくりです。
「気を出そう」としなくていい理由
初めて拉気を行う人の多くが、
無意識にこんなことをします。
- 手のひらから気を出そうとする
- 何かを起こそうと頑張る
- 強く集中しようとする
でも、
氣功ではこの「頑張り」は
ほとんどの場合、逆効果になります。
なぜなら、
伝統的な気功では
「気」は物理的なエネルギーとして
扱われていないからです。
気は、
意念(いねん)――
つまり、イメージや意志、
心の働きとして扱われます。
言い換えるなら、
気は「情報的なもの」。
物理的に押し出そうとするほど、
扱いづらくなるのです。
あると思えばある、ないと思えばない
少し極端に聞こえるかもしれませんが、
気を扱うときは
こんなふうに考えるとシンプルになります。
あると思えば、ある。
ないと思えば、ない。
気は、
「そこに在るもの」として
意識を向けた瞬間に、
身体の中で立ち上がってきます。
だから、
気を出すときに必要なのは
力ではなく、意図。
「出ている」と思う。
それだけでいい。
パントマイムから始めていい
とはいえ、
「そう思うだけ」と言われても
最初は実感が湧かないかもしれません。
そんなときは、
パントマイムで構いません。
- そこに気がある“つもり”
- 気を扱っている“ふり”
- 気が存在している前提で振る舞う
最初は、それで十分です。
身体(脳)は、
あなたの振る舞いを通して
「そこに何かがある」と学習します。
丁寧に、
雑にならずに、
パントマイムを続けてみてください。
実際に拉気をやってみる
ここからは、
もっとも簡単な拉気の方法を紹介します。
- 手のひらと手のひらをこすり合わせ、摩擦熱を感じます
- 熱を感じたまま、5ミリ〜1センチほど手を離します
- 手のひらの間にある「熱」を、そのまま感じ続けます
このとき、
手のひらの間の空間に
「熱という形で、何かがある」
と確認します。
手を少し近づけたり、離したりしながら、
その感覚の変化を味わってください。
感覚を言葉にする
拉気では、
感じたことを言葉にすることも大切です。
- ふわふわ
- もわもわ
- ビリビリ
- 温かい
- 磁石のよう
どんな表現でも構いません。
正解を探す必要はありません。
「自分はこう感じた」
という事実を、
意識に上げることが大事です。
距離を広げていく
慣れてきたら、
手のひらの距離を
少しずつ広げてみましょう。
5〜10センチ
20センチ
30センチ…
離すほど、
感覚は薄れていくかもしれません。
薄れたら、
また近づける。
それだけでOKです。
この繰り返しだけでも、
気の感覚は
自然と分かるようになっていきます。
ここまでが「入口」
ここまで紹介してきた拉気の練習は、
気の操作、
つまり情報空間の書き換えの
基礎的な練習でもあります。
この段階だけでも、
心や身体に変化が起きる人は多いでしょう。
ただ、しばらく続けていると、
こんな感覚が出てくる人もいます。
- 前より気は感じられる
- でも、意図を強くしなくても起きる
- むしろ、頑張ると鈍る
- 「出そう」とした瞬間に、感覚が逃げる
このとき多くの人は、
「集中が足りないのかな」
「もっと練習が必要なのかな」
と考えます。
けれど実際には、
別の変化が起き始めていることがあります。
「操作しようとしない方が、
気が自然に働く」
という感覚への移行です。
それは、
拉気が間違っていたからではありません。
拉気という練習が、
気を“つくる”段階の役目を、
すでに果たしているからです。
独学が静まっていく地点
氣功を独学で続けてきた人ほど、
技術や理論を、
自分の身体で確かめながら積み上げてきたはずです。
それは、決して無駄ではありません。
むしろ、
そこまで一人で歩いてきたからこそ、
触れられる感覚があります。
ただ、ある地点で、
少しずつ変化が起き始めることがあります。
- 新しい技法を探したくなくなる
- 説明を増やしたい気持ちが落ち着く
- 「うまくやろう」としなくても、身体が反応する
- 何かを足すより、静かにしていたくなる
それは、
独学が行き詰まったからではありません。
独学という在り方が、
ひとつの役目を終えつつある
というサインかもしれません。
何かを変えようとしなくても、
氣は、
必要な分だけ、自然に働く。
拉気は、
その感覚に触れるための
とてもシンプルな入口です。
もし今、
気を「操る」ことに
少し疲れを感じているなら。
無理に進まなくて大丈夫です。
立ち止まる必要もありません。
ただ、
いま自分の身体で、
何が起きているか
その静かな感覚に、
少しだけ耳を澄ませてみてください。
この記事は、
そのための
ひとつの目印として置いてあります。
三和氣功では、
氣を「操作する技術」ではなく、
氣と共に在る立ち位置そのものを大切にしています。
もし、この記事で触れている感覚に
覚えがあるようなら、
三和氣功がどんな前提で
氣と向き合っているのかを
こちらにまとめています。
▶ 三和氣功とは?
氣功師・ヒーラー
頑張ることを手放し、ありのままの状態に戻ったとき、
人はもともと備わっている力や調和を自然と思い出していく。
氣功を人生を操作するための方法ではなく、自然体で生きるための智慧として提案している。