— 三才思想(天地人)から見る人間の位置
「三和」という言葉は、三つが和する、と書きます。
しかしこの言葉は、単なるバランスや調和を意味するものではありません。
その背景には、東洋思想における一つの宇宙観が含まれています。
古くから中国思想では、世界は三つの原理によって成り立つと考えられてきました。
三才思想とは何か
天・地・人です。
この考え方は一般に
三才思想(さんさいしそう)
と呼ばれます。
三才思想とは、宇宙の構造を
天・地・人という三つの層の関係として理解する思想です。
天と地という二つの原理
まず「天」は、単なる空のことではありません。
そこには宇宙の法則、時間の流れ、見えない秩序が含まれています。
世界を動かしている原理の側、と言ってもよいでしょう。
一方、「地」は物質の側です。
身体、重力、食べ物、季節、環境など、
私たちが触れながら生きている具体的な現実がここに含まれます。
人間という中間的存在
そして、その二つのあいだに人が位置します。
人間という存在は、
この二つの領域のあいだに立っています。
身体は地に属し、
重力や物質の条件の中で生きています。
しかし同時に、人の意識は
意味、未来、理想といった
目に見えないものにも触れています。
この点が、人間という生き物の特徴です。
石は地に属しています。
もし天使のような存在を想定するなら、
それは天の側に属する存在でしょう。
しかし人間は、そのどちらでもありません。
身体は地にありながら、
意識は天に触れている。
人はこの二つの領域を同時に生きる存在なのです。
和という概念
この構造は、人間の可能性でもあり、
同時に混乱の原因にもなります。
理想や思想ばかりを追いかけて
身体を忘れてしまうこともあります。
反対に、
身体的な欲望や競争の世界だけに
閉じてしまうこともあります。
ここで意味を持ってくるのが
「和」という考え方です。
天・地・人が対立せず、
一つの流れとして通っている状態。
上から来る秩序や意味と、
下から支える身体の現実が衝突せず、
人の内側を静かに通っている状態です。
古い思想家たちは、
このような状態を和と呼びました。
それは完全な静止ではありません。
宇宙そのものが常に変化しているように、
人間の内側もまた揺れ続けています。
それでも、
天と地の力が争わず、
一つの流れとして通っているとき、
人は不思議な安定を感じます。
この視点から見ると、
「人として生きる」とは
特別な理想を達成することではありません。
天だけを追いかけることでもなく、
地だけに埋もれることでもなく、
そのあいだに立ち、
二つの流れを通していくことです。
身体実践としての立禅
東洋の身体文化において
「立つ」という行為が重視されてきたのも、
この三才思想と深く関係しています。
たとえば氣功には、
立禅(りつぜん)という実践があります。
これは静かに立つ姿勢を保つ修練です。
外見だけを見ると、
単に立っているだけのように見えるかもしれません。
しかしその姿勢には、
三才思想の構造が身体的に表れています。
人がまっすぐ立つとき、
上には空があり、
下には地面があります。
そしてそのあいだに
一本の身体があります。
この姿は、
天・地・人という宇宙の構造を
身体の中にそのまま表している
とも言えるでしょう。
立禅の実践では、
この姿勢の中で
身体の重さ
呼吸
重力の感覚
などを静かに観察していきます。
それによって、人間という存在が
天地のあいだに立っているという感覚が、
身体の経験として少しずつ理解されていきます。
この意味で、立禅は単なる体操ではありません。
それは三才思想を
身体で確かめるための実践でもあるのです。
三和という人間観
三和という言葉は、
このような人間観を静かに示しています。
人は天でも地でもありません。
そのあいだに立つ存在です。
そして、その「あいだ」にこそ、
人間という生き物の
独特な可能性があるのかもしれません。
このような人間観は、東洋思想では理論だけで語られるものではありません。
多くの場合、それは身体の実践を通して理解されてきました。
三和氣功でも、天地のあいだに立つという感覚を
身体で確かめる実践として「立禅」を行います。
ただ立つという、とても静かな練習ですが、
その中で人は、天と地のあいだにいる自分の感覚に少しずつ気づいていきます。
立禅については、こちらのコラムでも紹介しています。
また、三和氣功の実践について知りたい方は、
以下のページも参考にしてみてください。
氣功師・ヒーラー
中国の伝統氣功と認知科学の知見をもとに、無理をせず、自然な流れに還るための氣功とヒーリングを伝えている。三和氣功が大切にしているのは、何かを変えたり、足したりすることではなく、本来の自分に還ること。
頑張ることを手放し、ありのままの状態に戻ったとき、
人はもともと備わっている力や調和を自然と思い出していく。
氣功を人生を操作するための方法ではなく、自然体で生きるための智慧として提案している。