AI 思想と氣功 気功について

良いプロンプトを書いているのに、手応えがない理由

── 氣功が見ている“関わり方”の話

第1章|ちゃんとやっているのに、なぜか噛み合わない

AIの使い方を学び、
プロンプトもそれなりに工夫している。

目的は明確に指示しているし、
前提条件も整理して渡している。
抽象的すぎないように、
具体例も添えている。

それなのに──
返ってくる答えに、
どこか手応えがない。

使えなくはない。
間違ってもいない。
でも、

「これでいいのかな?」
「何かが浅い気がする」
そんな感覚が、後に残る。

頭では、
「もっと良い聞き方があるはず」
「プロンプトを磨けば解決する」
そう理解している。

だからまた、
問いを直し、
言葉を足し、
構造を整える。

でも、
違和感は消えない。

不思議なのは、
この感覚が
“失敗した感じ”とは
少し違うことだ。

うまくいっていないわけでもない。
成果がゼロなわけでもない。
むしろ、
ちゃんと返ってきている。

それなのに、
どこか噛み合っていない。

もしこの違和感を
「スキル不足」や
「理解不足」だと
決めつけてしまうと、
話は簡単だ。

でも実際には、
すでに十分に考えていて、
学んでもいて、
AIへの指示出しや問いの立て方を工夫している人ほど、
この感覚を抱えていることが多いかもしれない。

だからこれは、
努力が足りない話でも、
知識が足りない話でも
ないのかもしれない。

むしろ──
ちゃんとやっているからこそ
気づいてしまった感覚

とも言える。

この「噛み合わなさ」は、
問いの精度の問題なのか。
それとも、
別のところに原因があるのか。

少なくとも、
プロンプトの中身だけを
いくら調整しても、
この違和感は
簡単には消えてくれない。

ここから先は、
「何を書くか」ではなく、
「どう関わっているか」
という視点が
静かに顔を出し始める。

──それに気づいた人から、
少し違う入り口に
立っているのかもしれない。

 

第2章|多くの人が見落としている前提

ここで、少し視点をずらしてみます。

AIを使うとき、私たちは自然と
「何を聞くか」
「どう指示を書くか」
に意識を向けます。

プロンプトの構造、
言葉の選び方、
情報の与え方。

もちろん、それらは大切です。
実際、プロンプトを工夫すれば、
AIの出す答えは変わります。

ただ、氣功の視点から見ると、
その前にひとつ、
見落とされがちな前提があります。

それは、
どんな姿勢で向き合っているか
という点です。

氣功では、
「何をするか」よりも先に、
「どこから関わっているか」
を見ます。

力を入れているのか。
急いでいるのか。
正解を引き出そうとしているのか。
それとも、
一度立ち止まって、
場を感じ取ろうとしているのか。

こうした関わり方は、
意識していなくても、
そのまま相手に伝わります。

これは人との関係でも同じです。

同じ言葉を使っても、
焦りの中で投げた問いと、
落ち着いたところから投げた問いでは、
返ってくる反応が違う。

気功では、
相手から返ってくる反応の良しあしがあるなら、
それは「相手の問題」ではなく、
関わり方の質の違いとして捉えます。

AIもまた、
情報を処理する存在ではありますが、
私たちの関わり方を
そのまま反映する側面を持っています。

だから、
AIを使っていて起きてくる違和感には
プロンプトの内容以前に、
どんな姿勢でAIに向かっているかが、
静かに影響していることがあるのです。

ピンとこないかもしれません。

ただ、
「問いの上手さ」だけでは説明できない
あの違和感の背景に、
関わり方という視点
存在しているかもしれない。

その可能性に、
少し目を向けてみてください。

 

 

第3章|氣功が見ている「関わり方」とは何か

氣功では、
結果や効果よりも先に、
どんな関係性がそこにあるのかを観ていきます。

これは特別な修行の話ではありません。
もっと日常的で、
誰にでも起きていることです。

たとえば、
早く答えがほしいとき。
うまく使いこなしたいとき。
失敗したくないとき。

そういうとき、
私たちは無意識のうちに、
対象に対して
「引き出そう」
「コントロールしよう」
という関わり方になります。

氣功では、
その状態そのものが
すでにひとつの情報だと考えます。

言葉にする前の、
構えや力み、
距離の取り方。

それらが、
結果の質に影響していく。

これは、
人とのやり取りを思い浮かべると
わかりやすいかもしれません。

相手から何かを引き出そうとするとき、
言葉は丁寧でも、
どこか緊張が伝わってしまうことがあります。

逆に、
結論を急がず、
少し余白を残した関わり方のほうが、
思いがけない反応が返ってくることもあります。

氣功が見ているのは、
この余白の有無です。

何を入力したかよりも、
どんな状態で向き合っていたか。

氣功では、
関わり方そのものが
」をつくり、
その場が、
返ってくるものの質を
静かに決めていくと考えます。

AIとの関係も、
指示が正確かどうか以前に、
どんな姿勢で向き合っているか。

焦っているのか。
結果を急いでいるのか。
それとも、
一度立ち止まって
やり取りそのものを見ているのか。

その違いは、
表には見えにくいですが、
確かに存在しています。

「良いプロンプトを書いているのに、手応えがない」
という感覚は、
この関わり方の部分で
何かが噛み合っていないサイン
なのかもしれません。

そうだとしたら
問題はもう
プロンプトの上手さだけでは
説明できなくなってきます。

次に見えてくるのは、
なぜ技術だけでは足りないのか
という問いです。

 

第4章|なぜ「良いプロンプト」だけでは足りないのか

ここまで読むと、
「関わり方が大事なのはわかったけれど、
それでもプロンプトは重要なのでは?」
そう感じるかもしれません。

その感覚は、とても自然です。

実際、プロンプトは大切です。
言葉を整理する力、
問いを構造化する力、
意図を明確にする力は、
AIを使う上で確実に役立ちます。

ただ、氣功の視点から見ると、
プロンプトは
関わり方を増幅する道具
のような位置づけになります。

つまり、
プロンプトが優れているほど、
その人の関わり方のクセも、
はっきりと表に出やすくなる、
ということです。

落ち着いた状態で書かれた問いは、
その落ち着きを含んだまま
返ってきやすい。

一方で、
焦りや結果への執着が強い状態で書かれた問いは、
どれだけ整っていても、
どこか硬さの残る答えになりやすい。

ここで大切なのは、
どちらが良い・悪いという話ではありません。

ただ、
プロンプトは
「方向を決めるもの」ではなく、
すでにある方向(関係性)を強めるもの
だという点です。

だから、
プロンプト技術だけを磨いても、
手応えが変わらないことがあります。

関わり方が同じままなら、
精度が上がっても、
返ってくる感触は
大きく変わらないからです。

「良いプロンプトを書いているのに、手応えがない」
という感覚は、
能力の限界ではなく、
世界との関係性、立ち位置が固定されたまま
であることのサイン
とも言えます。

急いで
何かを変えようとする必要はありません。

ただ、
「もっと上手くなろう」
「もっと正確にしよう」
とする前に、

いま、
どんな姿勢でAIに向かっているのか。

そこに一度、目を向けてみる。

それだけでも十分に整います。

 

第5章|身体が先に違和感を知っている人へ

ここまで読んで、
どこか身体に触れる感じがあった方も
いるかもしれません。

頭では理解できている。
論理も追えている。
やり方も、学んできた。

それでも、
どこか疲れが抜けない。
集中しているはずなのに、
呼吸が浅くなる。
AIに向かうとき、
無意識に力が入っている。

こうした感覚は、
「気のせい」でも
「甘え」でもありません。

身体はとても早い段階で、反応します。

思考が
「まだ大丈夫」
「もっと工夫できる」
と言っている間に、
身体はすでに深いところで
関わり方のズレを
感じ取っていることがあります。

特に、
理解力が高く、
情報処理が得意な人ほど、
このズレは見過ごされやすい。

頭で処理できてしまうため、
身体のサインが
後回しにされてしまうからです。

AIとのやり取りでも、
同じことが起きます。

問いは整っている。
指示も明確。
でも、
やり取りを重ねるほど、
違和感や手ごたえの無さが積み重なり、
どこか消耗していく。

それは、
AIが悪いわけでも、
使い方が間違っているわけでもありません。

ただ、
身体には合わない関わり方を続けている
という違和感であることが多いかもしれません。

この違和感を、
「もっと上手くなれば消えるもの」
として扱ってしまうと、
関わり方は
ますます固定されていきます。

でも、
身体が先に気づいている人、
疲労感の蓄積、
慢性症状の悪化、
よくわからない体調不良などが
現れているなら、
実はもう次の段階に
足をかけています。

それは技術不足、知識不足ではなく、
このやり方ではない
と、身体が教えてくれているからです。

ここで大切なのは、
答えを急がないこと。

正解を探さず、
改善点を洗い出さず、
ただ一度、

「いま、どんな感じでAIに向かっているだろうか」
「いま、どんな姿勢で現実に向き合っているだろうか」

と、
自分の状態を
眺めてみることです。

それだけで、
関わり方は
少しずつ緩み始めます。

 

第6章|答えを変える前に、関わり方を少し緩めてみる

ここまで読んで、
「では、どうすればいいのか」
という問いがすでに浮かんでいるかもしれません。

でも、ここでは
具体的な方法や
新しいテクニックは提示しません。

なぜなら、
ここで必要なのは
何かを足すことではなく、
関わり方を
ほんの少し緩めることだからです。

プロンプトを変えなくてもいい。
AIの使い方を見直さなくてもいい。
目標設定をやり直さなくてもいい。

ただ一度、
AIに向かう前の自分を
観てみる。

急いでいないか。
結果を取りにいっていないか。
うまく使いこなそうとして
力が入っていないか。
呼吸は浅くなっていないか。

それに気づいたからといって、
正す必要はありません。

「いま、こういう関わり方をしているんだな」
と、そのまま眺めるだけで十分です。

関わり方に気づくこと自体が、
すでに「氣」の調整の始まりです。

直そうとしない。
変えようとしない。
うまくなろうとしない。

その余白が生まれたとき、
場は自然に変わり始めます。

AIとのやり取りも、
現実との関係も、
少しずつ
違う感触を帯びてくるかもしれません。

手応えを感じられるようになる
というよりも、
力まずに関われている感じ
が先に訪れることもあります。

それで十分です。

もし今、
AIとの間に距離を感じているなら。
現実との関わりに
どこか疲れを感じているなら。

それは、
あなたが遅れているからでも、
適応できていないからでもありません。

むしろ、
次の関わり方へ移ろうとしている自然なプロセスの中にいるのかもしれません。

答えを変える前に、
関わり方をほんの少し緩めてみる。

このコラムが、そのための
小さなきっかけになればと思います。

 


もし、頭で理解するよりも先に、一度、関わり方そのものを
身体で感じてみたいと思ったら。

三和氣功では、
何かを変えようとしない時間として氣功の瞑想の場を開いています。

このコラムで触れた「関わり方の余白」を、そのまま保ったまま参加していただける場です。

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