気功について

気功は伝統であるとともに、
科学です。

気功は数千年以上もの歴史のある
中国の文化的な遺産であるともいえます。

馬光文は若い頃から伝統的な気功を
母国中国にて何人ものスペシャリストから
学びました。

そして中国と日本で長きにわたり
その技術と経験を「施術」に活かしてきました。

それは時にオカルテックに見えるようなこともありました。

たとえば、
筋腫やガングリオンを触りながら消してしまったり、
クライアントに、
祈祷するというパフォーマンスをしてみせることで
症状を消したり、
髪を切ることで頭痛を消したり、
幼い子どもの病気を「もらう」ことで
一晩で回復させたり…

しかし、そこには
気功に対する深い知識と理解に裏付けされた
根拠が常にあったのです。

気功は、中国で何千年もの間
不老不死に至る(生死を超越する)
方法として
研究されてきた技術です。

現代においては
時にオカルト的なイメージで
怪しいものとして敬遠されることも
少なく無かったと思いますが、

少なくとも長い歴史を経ても
残っているということはやはりそれなりの
価値があったからだと思います。

「気」そのものがなんであるのかに対する科学的根拠のある
見解はまだまだ出てきてはいませんが、
気功によって私たちの脳に何が起こっているのか、
気功がなぜ「効く」のか、そのカラクリは
認知心理学、認知科学によって理論的に理解可能になりました。

それによれば、
気功は「気」という感覚(共感覚)を利用した
情報操作スキルなのです。

「気」という感覚により
自らの、または相手の内部表現(心と脳、無意識)に
変化を起こしていくスキルです。

伝統気功では長い間、
気功をメソッドや技術として
様々な分野に応用しながら培ってきたわけです。

馬光文は常々「気功は科学だ」と公言して
気功をオカルテックに扱う気風や
そのように宣伝する気功師を毛嫌いしていました。

彼は気功は意念の技術である、
イメージを操ることが気功に他ならないと
教えます。

一般的にはまるで不思議な力であるかのように
見えることもある「気」を感じることや「気」を出すことも
彼によればイメージの力に過ぎません。

イメージができない人はいないので、
気功ができない人はいないわけで、
よって気功は、上手下手はあるにしろ、
特殊な能力ではありません。

スプーン曲げも、彼に言わせれば「気功」であり
魔法のように見えるマジックもしかりです。

伝統的な気功は「意念」(=イメージ、意識、心)が
人の認知、現実認識を変えることができることを利用した技術でした。

同時に、その「意念」が人の病気をつくり、
その他の様々な現実をつくり出していることを
伝統気功は良く理解していました。

三和気功では
気功を精神修行やオカルテックな秘法としてではなく、
馬光文が受け継いできた中国の伝統気功を
現代的な感覚で科学的な知識に基づいて
理解し、使えるようにお伝えしていきたいと考えています。

皆さんの生活を豊かにし、
人生を飛躍的に発展させる道具として
活用していただければいいなと思っています。

気功のカラクリを理解することは
「現実」が生まれるカラクリや
私たちの心や脳について理解していくことに
他なりません。

仏教の祖である釈迦は、
そもそも信仰の対象として宗教を
説いたわけではありませんでした。
彼は彼の理解した(悟った)この世界の理を
認知学的に伝えただけで、彼自身は宗教家ではありませんでした。

今や脳科学や物理学などの現代科学は
釈迦をはじめ、賢者たちが悟った
宇宙のカラクリを解明するに
至ろうとしています。

「悟り」は、宗教ではなく、ましてやオカルトでもなく、
もはや科学として万人が理解していく時代です。

そのように考えれば
「気功」も新しい時代の新しいスキルとして
変容と発展をしていくのかもしれません。

いずれにせよ、ご縁をいただいた皆様には
より高く広くご自身の世界を広げていかれるように
「気功」を手渡したいと願っています。

気は情報

中国の哲学では、万物は「気」で成り立っている
といいます。
喜怒哀楽の感情や、精神活動まで「気」です。
細胞も、遺伝子も、すべて「気」
として理解されます。

生命を開花させ、生命を維持させ、この世界の森羅万象を
生滅させるあらゆる現象や反応も「気」によってなされています。

何かが物理的に存在するとき、
そこにはそれが存在するのに必要な「情報」が
存在していると馬光文は言います。

気は「情報」なのです。

現象としてそれが現れるとき、
それを生じさせる「気」=「情報」が
必ずあります。

そして「情報」は「意念」という別の「情報」
によって変化させることができる。
これにより、現象のもとになる「気」が変化するので
現象自体が変わる。

これが馬光文が説く「気功」です。

これはまさに
現代認知科学が明らかにした
気功のからくりそのものです。

(講座やブログの中で
詳しくお話しています。)

脳科学や認知科学においては
この宇宙は人の意識の内側に存在していて
最初に情報があり、それが物理次元に現象化している
と考えられています。

現実を作り出しているのは脳であり、
脳のモーダルチャンネル(五感+言語)
を通してリアルな体験が生まれます。

「現実の中に自分がいるのではなく
自分の信じていることにあわせて現実がつくられる」

これが科学的な見解です。

ですから、逆にいえば

自分の信じていること(情報)が変われば
現実(物理)はそれに合わせて変化する

ということになります。

気功は共感覚(気を感じる感覚)によって
このからくりを利用し、機能させます。

 

すべては物語(ストーリー)

気功への理解が深まると
少しずつ自分や世界を俯瞰して
とらえることができるようになります。

すると
この世界のすべては様々な形の情報でつくられているだけなのだ
ということがわかってきます。そしてあらゆる出来事や価値観や概念などは
情報をあつめたストーリーとして
機能しているにすぎないことがわかります。

人生は
無意識が作り出したストーリーです。

じつは、現実を生み出す力は
すべて無意識にあります。

一般的な感覚では、
意識がすべてをコントロールしているかのように
考えられていると思いますが、

意識がどんなに頑張ることに
焦点を当てても何も変わりません。

頑張って無理をして
自分自身の悲鳴にはふたをして頑張って
疲れ切るというのが、現代にみられる不調や病気の
多くにみられるパターンだと思います。

現実を動かすのはいつも無意識です。
無意識はwant toとしてセットされていることに対しては
自動的にそうなるようにしてしまいます。

これに対して意識の本当の役割はストーリーを
「観る」ことです。
意識はありとあらゆる無限に存在する視点を
自由に選んで観ることができます。

リアルに体験している今を「観る」のはもちろんのこと
未来の自分を「観る」こともできれば
水槽のなかの魚の視点で「観る」こともできます。

昔のことに意識を向けたり、
行ったこともない国の人のことを意識したり、
美しいものも、醜いものも
幸せも不幸せも、ありとあらゆるものを別々に、
そして同時に意識することができます。

本当に自由であること、これが意識の特性です。
時空を超えたありとあらゆるストーリーを
意識は自由に観ることができるのです。

気功は
無意識と意識の役割や関係を理解し
自由に磁材に
ストーリーを創造していく
ということでもあるのです。

 

心と体を洗練する

気功を生活に取り入れて実践していくことは
今までは気づかなかった体の感覚に
に出会うようになります。

それは時に痛みや症状の悪化のような形でも
現れますが、それを結果としてとらえるのではなく
永遠に続くプロセスの一部として
とらえていくことでさらに
さまざまな感覚や気づきに出会っていきます。

そして
知らない間に
いとも自然に
エレガントに

少し前の自分では考えられないほどの
変容と進化を手に入れているのです。

心と体の抽象度がサラリと上がっていきます。
より高い視点から物事が見えるようになり、
以前の自分とは違う視点で物事を観るようになり、
考えもしなかったことを考えるようになり、
身体が変わり、内側から輝くような美しさを
手に入れるということです。

実際、気功をコツコツと続けることで
顔が変わったり姿勢が整うことは
よくあることです。

こうして心と体を洗練することに
遊びながら取り組んでいくことで

あなたの目にする現実そのものが
洗練されていくのです。

たとえば
人間関係、健康の状態、
経済的な状態、
運のよさ…
そんなことがどんどん洗練されていきます。

気功をやることは
自分自身を洗練し続けることなのです。

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