── なぜ「分かった瞬間」に、回復が止まってしまうのか ──
「なるほど、分かった。」
そう思ったはずなのに、
安心や、自然でいられる時間は近くはならない。
理解したことで少し楽になったはずなのに、
呼吸が浅くなり、
感覚が引いていく。
この感覚を、
不思議に思ったことはないでしょうか。
「わかった瞬間」に起きていること
「わかった瞬間」 とは、
単に理屈を理解したということ以上の意味があります。
多くの場合、その裏で
同時にこんなことが起きています。
- 理解できたかを確認している
- この理解で合っているかを評価している
- これで変われるかを期待している
- 正しい位置に来たかを判定している
つまり、
理屈を理解することで、
次の状態へ行こう(変わろう)としている
という動きが、
無意識に立ち上がっている。
この瞬間、
身体にはある種のプレッシャーがかかります。
理解できたのだから変わらないといけない、というプレッシャーです。
理解が「条件」になると、身体は警戒する
多くの人は気づいていませんが、
分かった → だから安心できるはず
分かった → だから緩めるはず
という前提が、
理解と同時に置かれています。
理解したら安心できるはず、(安心できないならダメ)という条件付け。
この条件付けがおきた瞬間、
身体はこう判断します。
「まだ状況を監視しなければならない」
脳神経系は、評価を“警戒”として処理する
脳神経系の視点で見ると、
評価・確認・判定は、
安全確認とセットで働きます。
- 合っているか
- 間違っていないか
- 期待に応えられているか
こうしたチェックが入ると、
前頭前野(判断・理解)が活性化し、
同時に、
身体は警戒モードに戻ります。
その結果、
- 呼吸が浅くなる
- 筋肉がこわばる
- 感覚が引いていく
つまり、
理解そのものが悪いのではなく、
理解を条件にして身体を動かそうとした瞬間に、
回復が止まる。
身体が固まるのは、異常ではない
人の身体には、
危険や負荷を察知したときに、
身を守るための反応があります。
緊張する。
止まる。
警戒する。
これは、生き延びるために備わった
ごく正常な反応です。
だから、
この反応自体を否定すると
身体はさらに緊張を深め、緩める余地がなくなっていくということです。
「分かったのに変わらない」の正体
この構造を知らないと、
- 理解が浅いのかもしれない
- まだ足りないのかもしれない
- もっと理解しなければいけないのかもしれない
- もっと緊張を手放さなければならないのかもしれない
と、自分を追い詰める方向に、判断と行動が集中してしまいやすくなります。
けれど実際には、
理解と回復は、起きる階層が違う。
理解は、思考の領域で起きます。
回復は、
思考よりもずっと下の層、
身体と神経のレベルで起きる。
だから、
分かったのに楽になれない
理屈は理解しているのに緊張を手放せない
哲学は知っているのに、無にはなれない
これらは失敗ではありません。
順番が違うだけ。
理論で完結しやすい人ほど、起きやすいこと
理解力が高く、
理論を扱うことに慣れている人ほど、
ここで立ち止まりやすくなります。
- 分かっているかを確認する
- 正しくできているかを監視する
- ちゃんと結果が出ているかをチェックする
その結果、
回復しようとして、
自分で回復を止めてしまう
という逆転が起きる。
これは能力の問題ではなく、
思考の役割を引き受けすぎているだけです。
実践とは、身体に条件をつけない時間を持つこと
氣功における実践の意味は、
ここでとてもはっきりします。
実践とは、
- 変わるための行為
- 正しい状態を作ること
ではありません。
思考が主導権を握らなくても、
身体が安全でいられる時間を持つこと。
それだけです。
だから、
- 何も起きなくても失敗ではない
- 分からなくても問題ない
- できていなくても進んでいる
- 上手くできる、できないは本質ではない
- 才能は問題にはならない
この前提が、
実践では何より大切になります。
「まだ理解できていない」のではない
もし、
理解は進んでいるのに、
身体がついてこない感覚があるなら。
それは、
あなたの理解が足りないからではありません。
理解を条件にしなくてもいい地点に、
まだ立っていないだけ。
そこは、
努力で到達する場所ではなく、
条件を外したときに、
自然に立ってしまう場所です。
だからこそ、
思考で到達するには限界があるとも言えます。
氣功が扱っているのは「自然に還ることがおきてしまう条件」
氣功が一貫して扱ってきたのは、
- 変える方法
- 操作の技術
ではなく、
自然に還ることが起きてしまう条件です。
評価されず、
確認されず、
何かを成し遂げなくてもいい。
その条件が整ったとき、
身体は自分で、
元の流れへと戻っていきます。
その結果、
自ら回復し、
人生は無理のない方向へと動きはじめます。
理解しているのに固まってしまうのは、
あなたが弱いからではありません。
身体が、とても正確に反応しているだけ。
この仕組みを知ること自体が、
もう一段、
条件を外す助けになります。
氣功師・ヒーラー
頑張ることを手放し、ありのままの状態に戻ったとき、
人はもともと備わっている力や調和を自然と思い出していく。
氣功を人生を操作するための方法ではなく、自然体で生きるための智慧として提案している。